インドはあぶない、インドはきたない


 そして何より・・・・インドはあやしい


そうお考えの皆さん、 ちょっと待ってください


この世の中には、もっともっとアヤシイものがあるんです



 梅岡 悠 presents

旅の雑記帳

  SEASON 2


スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 |

Munbai ( ムンバイ )      〜 from 旅の雑記帳 SEASON 1 〜

     trmumba1.jpg


( Attention, please! )この記事はいまから約15年前の「旅の
雑記帳 season 1」から、内容を変えずにそのまま掲載したもの
です。したがって、記載されている情報が、現在の状況とは著しく
異なってしまっている部分があるかも知れません。情報の古さに
よる誤信にはご注意くださるようお願いいたします。( 梅岡 悠 )


◆写真はタージマハル・ホテルとインド門です。 エレファンタ島に
向かう船の上から撮影しました。絵に描いたような景色じゃありま
せんか。こんな写真ばかり紹介していると「インドに行ってみたい」
というふとどきな人間が増えそうで不安です。だいたい、日本の旅
行ガイドの写真というのはどれも美しく撮影されていて、かなり危
険なものがあると以前から思っていました。が、実際に自分で撮影
してみると現実のインドを写真で再現するのはかなり困難であるこ
とに気付きました。「現実よりも美しく撮影すること」が良いカメラマ
ンの条件であるとするなら、インドに行けば誰でも自動的に名カメ
ラマンになれるのです。名カメレオンではありません。名カメラマン
です。考えてもみてください。自動的に名カメレオンになってしまっ
ては困るじゃないですか。自分の意志で好きなときにカメレオンに
なれるというならまだ話は分かります。が、自動的ですよ、自動的!!
もう二度ともとの人間の姿には戻れないかも知れないじゃないで
すか。昔「恐怖のハエ男」という映画がありましたが、あの映画の
主人公の苦悩の深さは涙をさそうものがありました。自分の意志
とはまったく無関係にハエ男になってしまった主人公。以前の恋
人との劇的な邂逅と悲しい別れ・・・。そんな境遇があなたを待ち
受けているかも知れないのです。決して自動的にカメレオンにな
ったりしてはいけません。

    trmumba2.jpg

◆写真はヴィクトリア・ターミナス駅です。この界隈ではこの
ような英国植民地時代の建物で道の両脇が埋め尽くされていて、
建物だけ写真に納めるとやはりかなり美しいものがあります。
そこで話は戻りますが、一枚の写真にこのような建物とそこで
生活している人たちの姿を同時に納めるのは至難の技である、
ということがあります。そういう極端な対比・アンバランスこそ、
実はインドという国の本質であり現実でもあるのですが、写真で
それを表現するには限界があります。さらに言うなら、写真では
「臭い」や「騒音」を表現できません。もしもカレーの臭いのす
る写真なんていうのがあったら、日本のカレー屋だって、新聞折
込広告の臭いで勝負する激しい商戦を繰り広げているはずです。
考えてもみてください。同じ日の朝刊に寿司屋が広告を入れたり
したら、臭いが混ざって「カレー寿司」になってしまうではありませ
んか。仮に相手がとんかつ屋やうどん屋だったら、カツカレーや
カレー南蛮になるので大きな問題にはならないでしょう。が、寿司
ですよ、寿司!!「カレー寿司」や「寿司カレー」を食べたいと思
われますか?まあ、なかには「一度ぐらいなら食べてもいい」とい
う人もいるでしょう。が、新聞というのは契約している全ての家庭
に否応なしに配達されてしまうものなのです。これはもはや国会
で議論されるべきレベルの社会問題であって、私個人のこれ以
上のコメントは控えておくことにします。

      trmumba3.jpg

◆ジュフ・ビーチのような観光地には、よく「ヘビ使い」が出没し
ます。彼らは決して「ヘビが大好き」でペットとして飼っているわけ
ではありません。見物人からお金を集めて生計を立てている立派
な職業なのです。そこで気を付けなければいけないのは、もしも
お金を払いたくないのであれば本気でじっくり見物してはいけな
いということです。まあ、見物したとしても気に入ったときだけお
金を払うという態度でいいのですが、日本人だとみるとしつこくお
金をせびられることになります。ですから、「ふん。ワテはそんな
のに興味なんかないもんね。」というニヒルな態度を装いながら、
しかも見るべきところはしっかり見る、というテクニックが必要に
なります。これはちょうど、超ミニスカートの女性が電車の向かい
側の席で居眠りをしていて・・・といったケースを連想すると理解
しやすいと思います。「なんて下品な文章なんだ」とお思いの方も
いるでしょう。が、私の文章が下品なのは何も昨日今日に始まっ
たことではありません。それでもひとつ訂正しておくとするなら、
電車の中で居眠りしてる女性が必ずしもお金目当てではないとい
う点でしょう。仮にお金目当てだとして、「気に入ったときだけお金
を払えばいい」というルールが有効であるとするなら、その女性
は相当な美人であることが期待できます。言うまでもありません
が、そんなときでも決してお金を払ったりしてはいけません。気に
入ったのにお金を払っちゃだめという点に矛盾を感じるかも知れ
ませんが、この社会はそういう矛盾で満ちあふれたものなのです。

    trmumba4.jpg

◆写真はボンベイ郊外のカンヘリ石窟寺院で撮影したものです。
カンケリではありません。カンヘリです。これはちょうどカメラマン
がカメレオンとは違うのと同じ関係にあります。ですから、やめに
しておきましょう。同じ話の振り方を連続して使うのは。そこで話
は戻りますが、ボンベイの郊外。ボリウッドの撮影所であるフィル
ム・シティーなども含め見どころは多いんですが、いちばん気に
なるのはスラムが目立つというところでしょう。悪名高いカルカッタ
なんかと比べてもボンベイの方が全然すごいと思います。ところ
が、観光客はだいたい南の方にしか行かないんで「タクシーしか
走っていない近代的な街」みたいに錯覚してしまうのです。これは
首都デリーでもサイクル・リクシャがコンノート以南には乗り入れ
禁止なのと似ていますが、そんなに生やさしいもんではありません。
たとえばボンベイの空港はかなり北のほうにあるんですが、国内
線の空港の滑走路で飛行機が離陸体制に入るあたりなんか、何
の柵もなく巨大なスラム街と接していたりするのです。今でもあの
ままなのかは知りませんが、飛行機の窓から見ていると、これか
ら飛び立っていく飛行機に向かってスラムの子供達が手を振って
いたことがありました。「この子たちは死ぬまで飛行機に乗ること
はないんだろうなぁ」なんて思ったものです。何だか話が難しく
なってきました。これ以上の記述は私の能力を越えているので、
この辺でやめにしておきましょう。やはり「カンケリ」の話にしてお
くべきでした。
Classics |

New Year's Greetings from Tokyo 2012

  
Music |

 Sarnath( サルナート )    〜 from 旅の雑記帳 season 1 〜

    trsarna1.jpg

( Attention, please! )この記事はいまから約15年前の「旅の
雑記帳 season 1」から、内容を変えずにそのまま掲載したもの
です。したがって、記載されている情報が、現在の状況とは著しく
異なってしまっている部分があるかも知れません。情報の古さに
よる誤信にはご注意くださるようお願いいたします。( 梅岡 悠 )


◆バラナシからオート・リクシャなら15分ぐらいで着いてしまうの
で、時間に余裕のある人はちょっと寄ってみましょう。ここの考古
博物館(Alchaeological Museum)には、B.C.3世紀からA.D.10世
紀中心におもしろい石像彫刻が揃っていて、たいへん素晴らしい
です。ガネーシャ、ラクシュミ、サラスワティーが並んでるやつとか、
左半身がシヴァで右半身がパールヴァティーという珍品まであり
ます。午前10時開館なんですが、あるときついつい9時半過ぎに
着いてしまったことがあります。チケット売場は当然まだ閉まって
いたんですが、近くの芝生に寝転がっていたオジサンがチケットを
持っていて、なんと中に入れてくれるではないですか。これには
心底びっくりしました。チケットは確か1ルピーぐらいだったので
お金が目当てとも思えません。よく考えてください。ここは日本で
はありません。インドなのです。早めに出勤して会社の近くのドト
ールでコーヒー飲んで待ったりするインド人なんて一千万人に一
人もいないはずです。さらに言うなら、ドトールでエスプレッソとブ
レンドを同時に注文して、ブレンドを口直し(チェイサー)にして交
互に飲むなんてインド人は一億人に一人もいないでしょう。そんな
奴日本にもいない、なんて言わないでください。私はいつもそうし
ています。何を言いたかったのかというと、普通インドでは約束の
時間に遅れても一時間半ぐらいまでなら「遅刻」とは見なされない
のです。2時間ぐらい遅れるとさすがに申し訳なさそうな表情をち
らつかせる人間もいますが、それでも「ごめん」とか声に出して謝
る人間は稀なのです。これは決して大袈裟ではありません。仮に
あなたがインドで知り合った人と待ち合わせをして、相手が時間よ
り早く来てたとするなら、その人はかなり危険かも知れません。お
金をたくさん持ってる「お客さん」を余所に逃がさないように時間
前に来た、と疑ってみる必要があります。これはインドを旅行する
うえで大切なポイントですから、念のため覚えておきましょう。

◆この界隈の謎の二番目として取り上げておきたいのは「さちこ
のお店」という看板です。ちなみに、バラナシには「久美子の家」
というのがあります。これらはいったい何者なんでしょうか。
たとえば新宿の歌舞伎町あたりにこの手の看板があれば、「ここ
は相当ぼったくられるかも知れないなぁ」なんて予想はつきます。
が、ここは新宿ではありません。ぼったくりという点では1000倍
上手のインドなのです。仮に東京とインドの物価の違いが10倍だ
としても、差し引き東京より100倍も怖い計算になります。おまけ
に近くには死体が流れていても誰も気にとめないガンジス河まで
流れているのです。こんなに怖いことはありません。そもそも
「さちこさん」というのは何処の国のヒトなんでしょう。東南アジア
あたりから出稼ぎに来てる人なんでしょうか。「社長さーん、おつ
まみ、おつまみ」とかパターンで暗記したカタコトの日本語で一皿
2万円ぐらいのオツマミをおねだりしたりするんでしょうか。それ
とも、出勤前に顧客の勤め先に電話して「社長さんったら、最近ち
っとも来てくださらないのねぇ」とか電話するタイプなんでしょうか。
あるいは、お店の近くまでは路線バスなんかで来てるくせに、店
の前には必ずタクシーで乗り付けてたりするタイプかも知れません。
次から次へと疑問がわいてきて、一度お会いして確かめてみたい
という欲求がムラムラと膨れ上がってくるのでした。

     trsarna2.jpg

◆上の写真は鹿と戯れるサルナートの少女です。というのは真っ
赤なウソで、実は鹿にやるエサを一皿5ルピーで売りつけようと
するサルナートのぼったくり少女です。名前を聞いたら「アケミ
さん」ということでした。これはおそらく源氏名であって本名は
別にあるのだと思います。そこで、写真撮影料込みで5ルピーと
いう契約をすることにしたのですが、アケミさんはあっさり0K。
と、その時こつ然として現れたのが「ミチコ」という名の60過ぎの
オバン。いきなりアケミさんに向かって「いくらで契約したんだ?」
なんて詰問調で詰め寄るではありませんか。が、アケミさんもさす
がはプロのぼったくり。「教えないもん」なんて感じで応酬してい
ます。しばらく黙って二人のやり取りを見守っていたのですが、ア
ケミさんがいつまでたっても口を割らないもんですから、しまいに
ミチコさんは私に向かって言い放ったのでした。「私だったら10ル
ピーでいいのよ。たったの10ルピーよ」。その時、アケミさんの顔
に一瞬浮かんだ「勝った」という表情を私は見逃しませんでした。
それでも、私の沈黙とアケミさんの不敵な微笑みに事の真相を悟
ったミチコさんは、「いいわ。5ルピーにするわ。それなら文句ない
でしょ」とたたみかけて来るのです。さらに黙っていると言い値は
3ルピーまで下がりました。が、さすがの百戦錬磨60女のミチコさ
んも、写真の問題にまでは思いが至らなかったようです。私として
も別にミチコさんに「文句がある」わけではないのですが、「鹿と
戯れるオバン」より「鹿と戯れる少女」の方がどちらかというと好
きなのです。「時の流れはいつだって悲しいよね、ミチコさん。」
撮影を終えて二人に背を向けて歩き出した瞬間、それまでこらえ
ていた大粒の涙が私の頬を流れ落ちていくのが分かりました。
「ミチコさん。もしも僕たちが死んで生まれ変わったときには、
若返ったあなたと恋人として再会するかも知れない。それまでは、
どんなにつらいことがあっても辛抱するんだぞ。」いつまでも、
いつまでも涙があふれてきて、とどまることを知らない泉のようで
した。ああ、私はなんて「いい人」なんでしょう。

Classics |

夢の丘からのお知らせ 「本店移転」

     ina01.jpg

かれこれ3週間ほどまえだろうか。梅岡くんから電話があって、
「久しぶりに浅草で飲もう」と云う。「神谷バーか?」と訊くと、
「いや、今日は美味しい焼き鳥を食べたい気分なので、押上まで
来てくれ」と云う。指定された「稲垣」という居酒屋は、東京スカイ
ツリーのほぼ真下といっていい場所にあった。店に入ると、奥の
席から梅岡くんが手招きしてくる。彼のテーブルには既に焼き鳥
が盛られた皿が所狭しと並べられていて、

「さあさあ、今日はお祝いなんだから、遠慮なく食べてくれたまえ」

と云う。べつに遠慮をするつもりはないのだが、いちおう何のお祝
いなのかは訊いておかないと、意図せずして梅岡くんの悪事に加
担していた、ということにもなりかねない。そう。ちょうど海外旅行
の際に預かりものをして税関を通ろうとしたら、その預かり物が違
法ドラッグで牢屋に入れられてしまう・・・みたいにだ。
梅岡くんのことだから、詐欺や騙りで大金をせしめたお祝いなの
かも知れないし。

「何かいいことでもあったのか?」

恐る恐る訊いてみた。

「そうだな。現在、日本で野生に棲息している山猫は、イリオモテ
ヤマネコとツシマヤマネコだけなんだ。それは知っていたか?」

うーん。西表島か対馬で密猟でもしてきたのだろうか。
猫の皮を剥いで三味線でも作ったのだろうか。その後、桶屋を開
業して大儲けしたとか・・・。

「ふん。それじゃあ、吉祥寺の井の頭自然文化園に行けば、ツシ
マヤマネコを観ることが出来る。それは知っていたか?」

なんだか話が見えなくなってきた。対馬まで行かずに近場の動物
園で山猫を盗んだとでもいうのか。

「ふん。君はこの先、山猫について学んでいくことが多くなるだろ
う。さて、私はというと、コンラート・ローレンツの精神を継承する
者として、つい昨日も学校をさぼって吉祥寺でツシマヤマネコに
会ってきた。」

だから、それが何のお祝いになるというのだ。そもそも、梅岡くん
というのは、利己的な遺伝子のかたまりが人間の皮を被って歩い
ているような男なのだ。ローレンツの崇高な精神にたいして失礼
ではないか。

「それで思ったのだが、吉祥寺というのは浅草から見ると、ちょう
ど東京の反対側にあたり、本当に遠いんだ。あっ、追加注文いい
ですかぁ?」

通りかかった店員にグラタンを注文する梅岡くん。焼き鳥とグラタ
ンという食べ合わせはいかがなものだろうか。

     ina02.jpg

「いや、実は先週、ジョージのところにちょっと録音しに行ってきた
んだけど、君も知っての通り、あそこのグラタンは最高だよな。
ほら、ピア39のアザラシのところの店だよ。覚えてるだろう。
えっ。それとも君は、あの大量のアザラシに圧倒されて記憶に残
らなかったとでも言うのかい。ふん。そうだよな。君みたいな凡人
は、せいぜいタマちゃんやアラちゃんで大騒ぎしてるのがお似合い
かもな。」

なんとも勝手な言い草だ。旭山動物園のアザラシの展示が話題
になったときには、大騒ぎしながら飛んでいったくせに。
なお、いちおう説明しておくと、「ジョージのところ」というのは、
サンフランシスコからゴールデンゲートブリッジを渡って車で1時間
くらいのところにある「ルーカス・ヴァレイ」という広大な敷地内に
あるスカイウォーカー・サウンドの録音スタジオのことである。
筆者も梅岡くんに同行して一度だけ訪れたことがあるが、セキュ
リティーが神経質と言っていいほど厳重で、どんな熱烈なファンで
も内部を見学することは許されていない。梅岡くんも、ゲートのと
ころで、近づいてきたスターウォーズの兵隊の格好をしたガードマ
ンたちを撮影しようとして、カメラを取りあげられていた。
「お帰りの際にお返しいたしますので」と言われ、泣きそうな顔に
なっていた梅岡くんの顔を思い出すと、今でも笑える。世界中の
撮影禁止区域で盗撮を成功させてきたことが自慢だった男が、
盗撮テクニックを発揮する前にカメラを奪われてしまったのである。
銀行強盗に入ろうとしたら、入口でピストルを取りあげられてしま
ったくらいにマヌケな話なのだ。


さて、グラタンに続いて、水餃子、生ハムサラダ、イカバター、
もつ煮込み、ハンバーグなどを注文した梅岡くんだが、今にして
思えば、それらの全てに意味があったことは確かだ。彼が語りた
かったこと。それを語るきっかけにするために、すべての料理は
注文されたはずなのだ。ただ、残念なことに、その夜の私は飲み
慣れない冷酒でかなり酔ってしまい、それぞれの料理をめぐって
梅岡くんが話したことを覚えていない。

店を出ると、「ほんの2分ほど散歩に付き合ってくれたまえ。」
と云う。浅草通りを渡り、路地に入る。梅岡くんは、全ての自動販
売機のおつりの取り忘れを素早くチェックしながら私の先を蛇行し
ていく。蛇行しているのは、自販機が道の左右に点在しているか
らではない。梅岡くんが泥酔しているからだ。角を曲がったところ
で彼は立ち止まり振り返った。街路灯が逆光になっていて、表情
は読み取れない。右手を差し出して開いて見せてくる。彼の手の
ひらには80円あった。たぶん、百円玉2枚で120円の飲料を買っ
たときのおつりなのだろう。立派な犯罪である。

「どうだ。これだけ頑張って仕事をしても80円だ。浅草から西荻の
君の店まで行くのに電車賃がいくらかかると思う? まあ百歩譲っ
て、お金ならいくら払ってもいい、としよう。でも、時間がかかり過
ぎる。本当に遠いんだ。ツシマヤマネコと君の店の価値を比較し
てみろ、とは言わない。ただ、浅草から吉祥寺や西荻までわざわ
ざ足を運ばせるものとは何か。考えてみてほしい。逆に、80円あ
ったら何が出来る? 「メリーポピンズ」を知ってるかい。あの名曲
「2ペンスを鳩に」だよ。80円で買った鳩の餌が、1羽の鳩の命
を救うかも知れないんだ。」

もはや何を言っているのだか全く理解不能だ。支離滅裂。口から
出まかせもいいところだ。しばらくの沈黙の後、梅岡くんは右手
で斜め後方を指さす。その指先には小さなビルがあるのだが、よ
く見ると、「山猫ビル」というプレートがある。

「ここはかなり昔、レコーディングに使っていたビルなんだけど、
最近はジョージのところで済んでしまうんで使ってないんだ。
機材も撤去してあるから、ちょっと内装すればすぐに店を始める
ことができる。いやいや。すぐにとは言わないよ。スカイツリーの
オープンは来年の5月だから、2、3ヶ月もまえに引っ越しを済ま
せておけば、君の店にもマスコミの取材が来るようになるはずだ。
それに何より、この私もちょくちょく夢の丘に顔を出せるようにな
る。ここなら浅草から歩いて来ることだってできるからね。
話は終わりだ。それでは、今夜はこの辺で失礼するとしよう。」

それだけ話すと、梅岡くんはいきなり背を向けて浅草通りに向か
って歩き出した。相変わらずの蛇行歩きだが、今度は自販機を漁
るつもりはないようだ。何か声をかけなければと思って素早く思考
をめぐらせたが、私の中では答えは既に出ていた。
「分かった。君の言うとおりにするよ。」そう言えばよいのだと・・・。
なぜなら、梅岡くんという男は、間違えたことがないのだ。口から
出まかせの思いつき人間であることは、かの高田純次さえも遥か
に陵駕する存在なのだが、彼の場合、一瞬の思いつきの背後に
は、普通の人間なら数ヵ月間の推敲を要するような緻密なブルー
プリントが常に存在しているのだ。酔拳のような生き方をしている
くせに、負けたことがないのはそのためだ。

こちらが声をかける前に、梅岡くんが立ち止って振り返った。

「押上駅はそっちだ。途中、小さな神社がある。もしもその神社の
階段に老婆が腰かけていて鳩の餌を売っていたら、必ず買いた
まえ。いいかい。たとえ電車賃が足りなくなったとしても買うんだ。
君の新しい店が成功するように祈ってるよ。」

再び背を向けて、今度は「2ペンスを鳩に」を大声で歌いながら
蛇行で遠ざかっていく梅岡くん。その後ろ姿が浅草通りの角に消
えると、私も押上駅に向かって歩き出した。こちらもかなり酔って
いて、足元がおぼつかない。梅岡くんが言っていた神社はすぐに
見つかった。が、老婆の姿はなかった。私は自分の財布から80
円取りだして階段のところに置いた。これで梅岡くんの罪もいくら
か軽くなったかも知れない。

  ina03.jpg

そんなわけで、夢の丘本店は移転することになった。現在、閉店
セールを行っているところだが、よくお客さんから「どうして引っ越
しちゃうんですか」と訊かれる。「浅草から遠いからです。」と答え
ることにしているのだが、誰も本気にしてくれない。





by Dream Hill |

The Memories Of Hagoromo Legends





Music |
| ホーム |次のページ>>